先日、久しぶりに田舎の叔父の家に滞在しました
この叔父は、娘、孫合わせて7人の女性に囲まれた人生を
中国地方の工場勤務という職を得てすごしてきた人です
僕の物心が付いた頃には会社の社宅に住んでいました。
お風呂も電話なくて、社宅の人達の共用電話を使い、社宅の銭湯に通う
いま思えば、東京で育ったパンダにとっては普段の生活とは異質の体験を
していた場所でした
最近、色々な媒体で昭和を懐かしむ、ノスタルジックな番組があるのですが
パンダにとってセピア色に思い出されるのは
東京世田谷での生活では全くなくて
この場所で、共用電話の前で、東京からの電話を待ったりとか
従兄弟達に連れられて通った銭湯とかプールとか
工場の正門まで叔父を迎えに行ったといった絵ばかりなんです
懐かしくなって、叔父と一緒に社宅跡地に行ってみました
社宅群が建っていた辺りは全く風景が変わっていて
別の建物が建っていたのですが、
唯一銭湯が残っていたので
パチリ
撮っておきました

だからなんだというわけではありませんが
あの頃の風景とのギャップを
複雑に感じていた
この叔父は、娘、孫合わせて7人の女性に囲まれた人生を
中国地方の工場勤務という職を得てすごしてきた人です
僕の物心が付いた頃には会社の社宅に住んでいました。
お風呂も電話なくて、社宅の人達の共用電話を使い、社宅の銭湯に通う
いま思えば、東京で育ったパンダにとっては普段の生活とは異質の体験を
していた場所でした
最近、色々な媒体で昭和を懐かしむ、ノスタルジックな番組があるのですが
パンダにとってセピア色に思い出されるのは
東京世田谷での生活では全くなくて
この場所で、共用電話の前で、東京からの電話を待ったりとか
従兄弟達に連れられて通った銭湯とかプールとか
工場の正門まで叔父を迎えに行ったといった絵ばかりなんです
懐かしくなって、叔父と一緒に社宅跡地に行ってみました
社宅群が建っていた辺りは全く風景が変わっていて
別の建物が建っていたのですが、
唯一銭湯が残っていたので
パチリ
撮っておきました

だからなんだというわけではありませんが
あの頃の風景とのギャップを
複雑に感じていた
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